私と中国〈898〉

日中友好運動に 不可欠の存在

田中 實さん
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 今年、5月23日から30日まで、日中友好協会長崎支部後援大橋グループ中国旅行会は、「貴州・桂林の旅」を実施しました。同行30人は、中国経済・社会の新しい息吹を体感して帰ってきました。
 世話人代表の田中實さんは、1930年東京生まれ、84歳。7年前から初代代表大橋裕さんの後を継いで旅行会をまとめています。
 大橋グループの中国旅行は、「中国をこの目で見よう」と1996年から始まり、今年で18回を数えます。
 田中さんの中国とのかかわりは、1931年~1938年、父親が亡くなり当時の奉天から長崎に帰国する小学3年1学期までの旧「満州」での生活が始まりです。
 1950年、長崎市役所に就職。1956年、日中国交回復と日中貿易の促進を進めていた国際貿易促進議員連盟(自治体議員で組織)が上海日本商品展覧会への視察団派遣を企画、長崎県・市議員連盟の奔走で東海汽船の淡路丸を借り上げ、視察団を長崎港から送り出す計画が実現した、その時、書記として実務を担当。
 1985年、長崎・福州友好都市締結5周年を記念し、「長崎市民友好の船」を中国に派遣した時、事務局員として参加。
 1997年、大橋グループの第2回「西安・敦煌の旅」に参加し、兵馬俑や莫高窟に魅せられ、以後毎回参加、中国の虜になったそうです。
 昨年、「悪魔の飽食」第24回全国縦断コンサート長崎公演では、合唱団員の一員として、ハルビン平房を訪れた時の思いを歌に込めました。
 日中友好運動には、なくてはならない人です。(平野誠)




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