私と中国〈877〉

〝書画交流〟で日中の平和・友好を

石郷岡日出子さん
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 東京都内の小学校教師時代、3年生の担任クラスに内モンゴルからの子どもが入学してきた。日本名がなく、自分の名前と同じ「秀子」と命名した。「それが中国に関心をもったきっかけでした」と、中国との接点を話す。
 1991年に退職後、日本語教師として広州市の国立外国語学院に招聘され、以来、中国と日本の各地で2008年まで勤め、多くの中国の人びとと交流を深めた。
  2002年、「撫順戦犯管理所の奇蹟を受け継ぐ会」の活動を知り、元戦犯の加害証言を聞いたり、DVDを見て、「魂を揺さぶられました。いま自分の赴任している中国での侵略戦争の罪状を、これほど率直に反省し、その償いのために活動している人がいるとは」
 以後、日中友好に対する考えが大きく変わったと言う。1938年、日本軍の侵攻を受け、多くの犠牲者を出した青島市の「毛子埠抗戦記念館」を訪れたのも、この伏線があったからだ。そこで中国書画を書いたり、指導をしていた丁春源館長と知り合い、「日中書画交流」を勧められた。
  日本の書家望月翠山氏(甲骨文字)らと協力し、東京で開いた展示会を初めとして各地で開いた展示会は、20回以上にも及ぶ。東日本大震災の被災地仙台、盛岡でも開催した。福島だけがまだできない。
  「今後、日本の若い世代にもたくさん見て欲しい。そして、この書画展を通じて日本の侵略戦争の過ちや、真の日中交流、友好、平和の大切さを知る機会になれば…」と期待を寄せる。


  「書画展」の問い合わせは石郷岡さんへ。
TEL042(663)4136、携帯090(2200)4860、
E-mail=wulin1932 @yahoo.co.jp

(宣)


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