沙飛(1912〜1950)
中国写真界の草分け的存在であり、数多くの写真家を育てた従軍写真家・沙飛の名を知る人はけっして多くはないだろう。
文豪・魯迅の影響を強く受け、その臨終に立ち会い撮影した魯迅のデスマスクの写真が、その後の沙飛の運命を決めた。
抗日戦争下の前線で、後方で、沙飛はシャッターを押し続けた。
そのヒューマニズムあふれる視点は、将来の日本との友好をも見据えた国際主義、人道主義に貫かれている。
万里の長城での戦闘、中国軍の捕虜となり反戦活動に身を投じる日本兵たち、救出された日本人少女と八路軍の司令官、中国人の戦傷者や病人を治療するカナダ人医師、中国共産党代表と国民党代表が米国特使とともに談笑する写真など、沙飛が残したフィルムには、日中戦争と中国革命の歴史的な場面が刻まれている。
2008年4月の日本初公開以来、全国各地で写真展の巡回が行われ、日中友好の歴史に新たな視点を開く作品群に感動の声が多数寄せられています。
展示パネル(全76枚・A2判・アクリル額縁仕様)は日本中国友好協会本部から貸し出すことができます。
1940年8月、華北地域の八路軍は鉄道・道路・炭鉱などを目標に日本軍への総攻撃を行いました。日本軍を破って炭鉱を占領したところ、親を失った幼い日本人の少女(栫美穂子さん・宮崎県都城市在住)2人が置き去りにされているのを発見。聶栄榛将軍は少女を村人に頼んで手紙をつけ、日本軍に送り届けました。
この人道的エピソードがきっかけとなり、現在都城市と中国との友好交流が大きく発展しています。
1936年10月8日、沙飛は上海の版画展で若い芸術家と語り合う魯迅を撮影する機会を得、その人柄をよく表出しました。
それは魯迅の亡くなる10日前のことでした。
展示パネルを貸し出しています
沙飛写真パネル(全76枚・A2判・アクリル額縁仕様)は大規模展示会用のセットです。
当協会が主催しないイベントでも、審査に応じて貸し出すことができます。
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