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[事務局長談話]
福島第一原発「ALPS処理水」の
海洋放出と日中関係について

 日本政府と東京電力が福島第一原発の「ALPS処理水」の海洋放出を開始したのに対し、一貫して海洋放出の見直しと代替案の検討を求めていた中国が日本産水産物の「全面禁輸」措置を取ったことで、日中両国関係は一気に深刻な状態に陥っている。北京の日本大使館や日本人学校への投石までが起こり、中国からと見られる日本への嫌がらせ電話が相次いでいると伝えられている。ほとんど報道はされないが、東京の中国大使館にも大量の迷惑電話がかかってきているという。事態は国民レベルでの相互不信を助長し、偏狭なナショナリズムを高める状況になっている。この事態が双方を敵国視する世論を高めてしまうことを心から危惧し、日中両政府には国民レベルでの対立を深めないような冷静な対応を強く求めたい。
 日本国内でも、福島の漁業関係者との間に交わした「関係者の理解なしに、いかなる処分も行わない」との約束を反故にしての政府の海洋放出決定は、大きな反発を招いている。そもそも、反対の声を「安全神話」で斥けて原発の建設を強行し、福島原発事故は「想定外」としたことに始まり、その後に続いた東京電力による高濃度汚染水漏出の隠蔽疑惑や度重なる検査分析のミスとデータの公開拒否、汚染水の漏出が相次ぐ中で安倍晋三元首相が東京オリンピック招致演説で汚染水の状況を「コントロール下にある」と強調した現実離れした発言と地元の反対を押し切る形での2021年の菅義偉政権の海洋放出の方針決定、そして反対や懸念の声が強まる中での「問答無用」と言わんばかりの海洋放出の開始など、一連の経過の中で東京電力と日本政府に対しては根強い不信感がある。
 日本政府は国際原子力機関(IAEA)が包括報告書で、東京電力の海洋放出計画は「国際的な安全基準に合致」、海洋放出で放射線が人や環境に与える影響は「無視できるほどごくわずか」と評価したことを「お墨付き」として、海洋放出を開始した。しかし、この報告書に携わった専門家チームに意見の相違があったとの指摘もあり、東京電力のデータを元にしたIAEAの評価に対しても、放射性物質の絶対量の問題をはじめ、多くの疑問が出されている。
 日本では、中国の反発を「政治的思惑」「外交カード」などとする論調も多く、中国だけが理不尽に反対しているように報道されているが、日本からは遠く離れたマーシャル諸島など太平洋の島しょ国からも懸念の声は挙がっている。この太平洋の国々は戦前の日本統治や米国の核実験など大国の犠牲になってきた歴史の記憶があり、「放射性物質の量がたとえ少量であったとしても、日本が自分たちのことを何も考えずに汚染水を太平洋に流す行為は許せない」との憤りを抱くのは当然と言えるだろう。さらに、核実験被害者の支援や環境汚染改善を盛り込んだ「核兵器禁止条約」の批准を拒む日本に対する不信感が海洋放出への不満につながっていることも日本政府は真摯に受けとめるべきである。
 「海洋放出に反対するのは非科学的」との報道も多いが、懸念を表明する科学者もいる中で、本当に科学的に解明されていると断言できるのだろうか。「ALPS処理水」の海洋放出は少なくとも30年以上も続き、その間も汚染水は増え続けていく。福島原発の廃炉作業の見通しも全く立っておらず、溶け落ちた炉心がどのような状態にあるかも分からず、除去できない放射性物質の内部被爆や生態系への影響も解明されているとは思えない。放射性物質の排出が避けられない原発の全廃を求める声が広がる中で、稼働中の原発からの排出とは次元の異なる、前例のないドロドロに溶け出した核燃料デブリに直接触れた「処理水」の海洋放出への不安はより大きい。内外のNGOや専門家などが提案していた自国内で処理する「大型タンクでの保管」や、米スリーマイル島事故で導入された汚染水を熱し蒸発させての大気放出、すでに福島県双葉郡の「特定廃棄物セメント固型化処理施設」で実施されてきた「モルタル固化処分」などではなく、「万人のもの」とされる海洋への放出が、「人間の健康あるいは環境への脅威を引き起こす恐れがある時には、たとえ因果関係が科学的に十分に立証されていなくても、予防的措置がとられなくてはならない」との予防原則にも背き、国際問題化することが必至であったにもかかわらず、なぜ選択されたのかが理解できない。
 この事態を打開するために日本政府と東京電力に求められているのは、国内外に反対と懸念の声が強い海洋放出をやめ、福島の漁業に携わる地元民をはじめ、公の海を共有する中国をはじめとした隣国や海洋を生活の場としている諸国の人々の声に真摯に耳を傾けることであり、内外から寄せられている様々な代替案の検討を含めて、地球を汚染させないためのあらゆる可能性を追求することではないか。そのためには、海洋放出ありきではない「協議」が必要不可欠である。とくに、日本政府が事前の相談も十分な説明もしてこなかった隣国の中国に対しては、日中両政府が合意している「戦略的互恵関係」「互いに協力のパートナー」との関係を再確認して、事態の打開のために誠意を尽くし、結論ありきではない「協議」を直ちに始めることを強く求めるものである。

2023年9月11日
 日本中国友好協会
事務局長 矢崎 光晴




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